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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)964号 判決

控訴人 被告人 丹羽達男 外一名 弁護人 塚本義明

検察官 浜田竜信

検察官 神野嘉直

主文

原判決を破棄する。

被告人丹羽達男を懲役一年六月に

同村井真美を懲役三年に処する。

押収にかかる日本剃刀一挺(証第一号)はこれを没収する。

同皮製手提鞄及び布製財布各一個(証第二、三号)は被害者梅村卓二にこれを還付する。

原審並に当審における訴訟費用中各国選弁護人に支給した分は被告人村井真美の負担とし爾余の分はいづれも被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は検察官浜田竜信、被告人丹羽達男の弁護人塚本義明の各控訴趣意書に記載されている通りであり検察官の控訴趣意に対する被告人丹羽達男弁護人塚本義明の答弁の趣意は記録中の同弁護人名義の答弁書記載の通りであるからここに之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである

検察官及び被告人丹羽達男の弁護人塚本義明の各事実誤認の控訴趣意について

原判決がその認定にかかる原判示第一の犯罪事実関係の証拠として挙示している各証拠並に当審において取調べた証人梅村卓二、遠藤毅、河田市郎の各尋問調書及び検証調書の各記載を綜合すると右事実に関する法律上の判断を除き略々同判示の如き事実を認定することが出来る。即ち是等証拠によれば被告人両名は昭和二十九年三月十八日頃の午後九時頃岐阜市田神町一丁目東洋クローム工業株式会社工場附近の路上にて対談中の梅村卓二、栗野百合子の両名を認むるや被告人村井が言葉尻を捕えて因縁をつけ、被告人丹羽もこれに同調して被告人村井は梅村の顔面のあたりを殴打し被告人丹羽は同人を前記工場事務室前附近路上一段と暗き場所に連行し拳を以つて同人の鳩尾を突き被告人村井は所携の日本剃刀を示して「金を貸せ」と申向けたところ時刻と云い場所柄と云い就中被告人両名の言語並に動作に畏れを抱いた右梅村が若干の所持金を交付してその場を遁れようと思惟し五百円位持つている金は鞄の中にあると答えやがて同人の自転車の荷受の上にあつた同人の鞄を取上げ之を自転車の上に置き鞄の中にあつた現金二万三千余円在中の財布を取出しその口を開き百円札数枚を被告人等に手交しようとしてその中二、三枚を掴み出そうとした瞬間その財布を目撃した被告人村井真美が右被害者の隙を見て之を阻止する余裕を与えず突如右財布を持ち逸早くその場を逃走した事実を明認することが出来る。而して原審は右事実を以つて恐喝未遂罪と窃盗罪の二罪が成立するものと解し、而もこの両者は刑法所定の併合罪であるとなし、之に関する法条を適用処断していることは洵に各所論の通りであるが、斯かる場合被告人等の右の如き所為を検察官所論の如く強盗罪を以つて問擬するか或は恐喝の一罪と認めるか又或は弁護人所論の如く窃盗罪の一罪と認めるか将又原判決の如く之を恐喝未遂罪と窃盗罪との併合罪と認めるかは一に法の精神と社会通念に照し如何に法律上の評価を為すのが合理的であるかによつて定まるものと解するを相当とする。

仍つて先づ検察官所論の如く強盗罪を以つて問擬すべき価値ある所為なりや否やにつき按ずるに凡そ強盗罪が成立する為には行為者の被害者に加えた暴行脅迫の程度が被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要することは論を俟たないところである。成程本件犯行は検察官所論の通り原判示の如く午後九時頃人通りの少い寂漠な場所で行われてはいるが、被告人等が被害者に対して用いた言辞、態度、兇器の種類、性質、被害者の畏怖の程度に鑑み、社会通念に照し未だ以つて強盗の構成要件たる相手方の反抗を抑圧する程度の暴行脅迫の行為があつたものと認めることは出来ない。従つて被告人等の行為を強盗罪として処断すべきであると論ずるこの論旨は理由がない。

次に検察官の恐喝既遂の一罪であるとする論旨及び弁護人の窃盗罪の一罪として処断すべきであるとの各論旨について併せて審究するに被告人等が本件犯行に当り用いた前述の如き暴行脅迫の手段、その際示した兇器の種類、性質、被害者の畏怖の程度等に鑑み、犯行の時刻場所の点を考え合せて見てもこの種の所為は法律上の価値評価において検察官の論旨第一点の(二)に詳述する如く恐喝既遂の一罪を以つて問擬すべきものと認むるを相当とする。蓋し恐喝罪は犯人が被害者に対し暴行又は脅迫を加え之に因り被害者に畏怖の念を生ぜしめ、因つて不本意なる意思決定にもとづき財物を交付し犯人が之を受領することによつて成立する犯罪であるが被告人等が被害者梅村に対し加えた前叙の暴行、脅迫は前述の通り相手方の反抗を抑圧する程強度のものではないが被害者に畏怖の念を生ぜしむるには十分であり、且被害者は右暴行脅迫によつて畏怖の念を抱き之が為不本意ながら自己保管中の現金の中から数百円の現金を被告人等に交付する意思決定を為し自ら自己所有の鞄の口を開き在中の財布から百円札数枚をつまみ出し、之を被告人等に手渡そうとした瞬間前述の如く被告人村井がその財布を見て持逃げたのである。この場合成程被告人村井の手中に帰した財布及び在中の現金全部を被害者が任意に交付する意思決定がなかつたものと認め得られるとは云えこの一事を以つて原審認定の如く、恐喝行為が未遂に終り爾余の行為が直ちに窃盗罪を構成するものと解することは理論遊戯的な皮相の見解と謂わざるを得ない。叙上の如き事実は之を法律的に評価して被害者が任意に財物を交付した場合と同一に考え恐喝既遂罪として処断すべきものと解すを相当とする。蓋し被害者が若干の金員を交付しようと決意し、現金をつまみ出そうとしている時その隙を見てその現金在中の財布を引さらつて逃げる行為は被害者において阻止する余裕がなく犯人が財物を奪うを黙認するの余儀なきに至らしめた場合は任意の交付と同一視するに足るからである。従つて原判決には検察官論旨第一点後段の論旨の如き事実誤認の違法がありこの論旨は理由があるが弁護人所論の如き窃盗の一罪であるとの論旨は採用出来ないが弁護人の論旨も亦原審が被告人等の所為を前記の如く併合罪と認定した事実認定を攻撃するにあるから本件所為を恐喝罪の一罪と認むべきものである以上弁護人の論旨も亦結局理由あるに帰するものと謂わなければならない。而して前説明の事実誤認の違法は判決に影響を及ぼすことが明白であるから原判決はこの点において到底破棄を免れないから検察官及び弁護人の爾余の論旨に関する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄するが本件は原裁判所及び当裁判所において取調べた証拠により当裁判所において直ちに判決するに適するものと認めるから同法第四百条但書により当裁判所において判決する。

(罪となるべき事実)

当裁判所が認めた罪となるべき事実は原判示第一事実を被告人両名は共謀して昭和二十九年三月十八日頃の午後九時頃岐阜市田神町一丁目地内東洋クローム工業株式会社事務室前の道路上において被告人村井は梅村卓二の顔面のあたりを殴打し被告人丹羽は同人の鳩尾を突き被告人村井は所持の剃刀(証第一号)を示して金を貸せと申向けよつて同人を畏怖せしめ同人が所持していた手提鞄の中に在つた現金約二万三千円在中の財布の中から数百円を取出して被告人等に交付しようとし中百円札二、三枚をつまみ出そうとした瞬間その財布を目撃した被告人村井が被害者の隙を見て右梅村に阻止の余裕を与えず、突如その財布を持逃し以つて之を喝取したものであると改め証拠の部に左記の証拠を加える外は原判示と同一であるからここに之を引用する。

追加する証拠

一、当審における検証調書

一、当審における証人梅村卓二、遠藤毅、河田市郎の各証人尋問調書

(法令の適用)

法律に照すと被告人丹羽達男の所為は刑法第三百四十九条第一項第六十条に該当するから所定刑期範囲内において同被告人を懲役一年六月に処し被告人村井真美の所為中恐喝の点は刑法第二百四十九条第一項第六十条に、窃盗の点は同法第二百三十五条に詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に該当するところ前示前科があるので同法第五十六条第五十七条第五十九条により累犯加重を為し以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条を適用して犯情重き恐喝の罪の刑に同法第十四条の制限に従い法定の加重を為した刑期範囲内において同被告人を懲役三年に処し押収にかかる日本剃刀一挺(証第一号)は本件犯罪行為に供したもので被告人村井以外の者に属しないから同法第十九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、押収物の被害者還付につき刑事訴訟法第三百四十七条第一項に従い訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項第百八十二条を各適用して主文第五項掲記の通りそれぞれ被告人両名に負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 小林登一 裁判官 栗田源蔵 裁判官 石田恵一)

検察官浜田龍信の控訴趣意

第一、原判決は事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、本件被告人両名に対する強盗の公訴事実は「被告人両名は共謀の上、昭和二十九年三月十八日午後九時頃岐阜市田神町一丁目地内東洋クローム工業株式会社附近路上に於て偶々対談中の梅村卓二、栗野百合子両名に対し些細な事に因縁をつけ手拳で梅村の顔面を殴打した上所携の剃刃を見せつけ「金を貸せ」と脅迫して同人等の反抗を抑圧し、因つて梅村所持に係る現金二万三千円他十四点在中の革製手提鞄一個を強取したものである。」と謂ふのであるが原判決はこれに対し被告人両名が共謀の上、梅村から所持金を奪わんとして同人の顔面等を殴打し且つ所携の剃刃を見せて「金を貸せ」と脅迫した事実並びに同所に於て被告人両名が梅村所持の現金二万三千円他十四点在中の革製手提鞄一個を奪い去つた事実は認め乍ら本件の暴行、脅迫は未だ被害者の反抗を抑圧するに至らない程度のものと認めて恐喝罪構成の手段に止まるものと認定し而も更にその暴行脅迫行為と被害者梅村より金品を奪取した行為を各別の犯罪に該当するものとし手段の点について恐喝未遂罪、金品奪取の点について窃盗罪を夫々認定したのである。

然し乍ら原審に於て取調を経て一件記録中に表われている証拠である司法警察員の実況見分調書を始め被害者梅村卓二の原審公判廷に於ける供述、栗野百合子に対する証人尋問調書及右両名の検察官に対する供述調書等の各記載その他証拠物件によれば本件公訴事実は十分之を認定し得るのである。即ち(一)被告人両名の梅村等に対する暴行脅迫は客観的情況並びに証拠により明らかに被害者の反抗を抑圧するに足る程度のもので強盗罪成立の要件を充たすものである。(イ)昭和二十九年三月十九日附司法警察員作成に係る実況見分調書の記載によれば本件犯行現場の模様は岐阜市田神町一丁目地内の南北に通ずる幅員約四米の道路上であつて此の道路の西側は東洋クローム工業株式会社建物及び岐阜市木製品協同組合建物の板塀が連り東側に狭小な溝を隔てて水田が続いている所謂工場地帯で附近に人家はなく昼間は自転車又は馬車が通行することあるも夜間となれば殆んど人通りもなく寂しい場所であり、(記録四〇丁以下)昭和二十九年三月二十七日附検察官作成に係る梅村卓二の第一回供述調書第三項末尾記載によれば街灯はあるが非常に光が微弱なため全体に暗い場所である事実が明らかである。(記録二六四丁以下)(ロ)、而して被害者梅村卓二は従来被告人両名と面識も交際もなく此の場合固より被告人等の要求に応じて任意に金品を提供する様な関係も意思もなかつたのであるが被告人両名から前記の如き暴行脅迫されたため恐怖して抵抗も出来なかつたものである。即ち前記検察官作成に係る梅村卓二の供述調書記載によれば栗野百合子(二〇年)と対談中最初の男がいきなり栗野百合子に対し「手前は何処ぢや」と言掛りをつけ栗野がわずかに「知らない」と答えるとその男は更に「知らんとは何ごとぢや」と手を以て女の肩を突いたので自分がようやく「帰つてくれ」と申向けたところ最初の男(被告人村井)が「帰つてくれとは何ぢや」と云い乍ら矢庭に拳骨で自分の顔を一つ殴りつけたので下手なことを云うてはいけないと思い悪かつたと謝つた、後からもう一人の男(被告人丹羽)も傍に来て自分が殴られているのを見ていた。初めの男はもう一人の男が来たので気が強くなつたのか更に又拳骨で自分の顔を殴つた、そして後から来た男がちよつと来いと云うたが自分はいやだと云えば何をされるか判らないのでその男について行くと十米位北の両側が工場の塀になつていて一段と暗くなつた場所え連れて行つた。そして「金を貸せ」と云うて居る処え前の男が来て自分の直ぐ目の前でポケツトから刃物をとり出しその刃物を自分の目の前で見せびらかせ乍ら「いくら持つている」と云うたので自分は此の二人が金をとり上げ様としていることは判つたが、いやだと断れば今見せつけている刃物で斬られたりするかも知れない、そんな非道い目に会つては大変だと思うと、とうてい抵抗する勇気も出なかつた。その二人に金を出す必要もない訳だが殴られたり刃物を見せつけられたりしてはとても怖しくて抵抗出来ないので二人が自分の手から鞄を取つて行くときにもぢつとして居るより仕方がなかつた(記録二六四丁以下)との趣旨を述べて居り、また第三回公判廷に於て証人として供述した際にも「相手がドスの様な白い光るものを内ポケツトから出して見せた」「見せびらかす様に示したので月明りでピカピカ光つて見えた」「刃物を見せられた時は怖かつた。女も居る事だから抵抗してはいかんと思つて黙つていた、又人を呼んだりしては何をされるかも知れんと怖い思もあつた。(記録一八七丁以下)と当時の心境を述べている。これは同所に居合せた栗野百合子も同旨の供述をして居るのである。(記録二七一丁以下)(ハ)、右の様な場所と時間並びに情況の下で行われた本件犯行を見るとき、本件被害者が偶々知合の年若い女性と対談して居る処え一見不良の徒と察知出来る被告人等二人が突然出現し前記の如き言動に出て暴行脅迫した場合被害者の恐怖と不安が如何に程度の高いものであるかは普通社会常識を以てしても容易に推察し得る処で斯様な言動に出る二人組の被告人等に抵抗することによつて更に起るであろうより大なる危害の発生を思う時被害者の心理は正に抗拒不能の状態に立至つている事は明らかであり客観的に見ても此の場合被告人両名の本件暴行脅迫は強盗罪の手段である被害者の反抗を抑圧する程度のものと認めざるを得ない。従つて此の情況下に被害者梅村卓二の金品在中の鞄を奪い去つた被告人両名の所為を強盗罪に認定すべきは理の当然である。(ニ)、然るに原審裁判所は被告人等の全面的な否認を排除して判決書にもある通り前記の如き客観的事実はその通り肯認し乍ら被告人等のなした暴行脅迫行為を強盗罪の手段たる反抗抑圧の程度に至らないものと認定し単に恐喝罪を構成する程度のものと判断して被告人等に対し強盗罪の成立を認めなかつたのは明らかに事実の誤認をしているものである。

(二) 加うるに原審裁判所は被告人等の本件所為を恐喝未遂と窃盗に該当するものと認定しているのであるが之は更に事実誤認の過ちを重ねたものである。本件の事実は前記(一)記載の如き被告人等の暴行脅迫を受けて被害者梅村卓二が自転車のハンドルに掛けていた金品在中の手提鞄を取り外しその中より金を取り出そうとしたところ被告人両名が双方から手を出して鞄もろとも在中金品を奪い取つて逃走したものであるが仮に原審裁判所の謂う如く被告人等の前記暴行脅迫が被害者の反抗を抑圧するに至らない程度とするも本件の暴行脅迫行為と金品奪取行為とを区別して恐喝未遂と窃盗に該るものと認定したのは明らかに事実の誤認である。即ち刑法第二四九条第一項に謂う交付とは、被害者が暴行脅迫に畏怖して財物を積極的に交付した場合のみを云うのではなく被害者の畏怖に乗じて犯人が財物を奪取し去るのを被害者として容認するの止むなきに至らしめた場合をも当然包含することは論を俟たない処であつて昭和二十四年一月十一日第二小法廷判決(最高裁判所判例集三巻一号一頁)も「恐喝罪は被恐喝者が財物を提供するのを待たずその畏怖し黙認しているのに乗じ恐喝者が自ら財物を奪取した場合にも成立する」と判示しているのである。

従つて本件の場合被告人等の意図し目的とした処は被害者梅村卓二の財物を不法に奪取するにあつてその手段として暴行脅迫を用いたものであることを認める以上、被害者が右暴行脅迫によつて止むなく財物を交付せんとした際被告人等に於て積極的に之を奪取し去り、被害者をして之を容認せざるを得ない立場においた行為は交付せしめた一態様であり結局被告人等は当初の目的を完遂したものであつて特に中途に於て被告人等が暴行脅迫による金品喝取の目的を放棄してその行為を中止したと認むべき何等の根拠もないのである。

然るに原審裁判所が此の事実を見逃して被告人等が金品喝取の目的で暴行脅迫したが自己の意思に依つて之を中止し新に別個の犯意の下に金品を窃取した事実ありと認定したのは恐喝罪の交付に該当する本件事実を根本的に誤認したものと云うの外なく若し原審裁判所の如く本件事実を恐喝事犯と見るならば当然恐喝既遂の一罪を認定すべきものである。

以上何れの理由によるも原判決は事実誤認がありその誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

第二、原判決は量刑軽きに失し不当である。

即ち、(一)、被告人村井真美は前記強盗の他之と併合して審理された詐欺、窃盗の犯罪を犯して居るのみならず過去に於て、(イ)昭和二十五年八月三日岐阜地方裁判所に於て恐喝罪により懲役一年(但し公訴事実は強盗罪として起訴されたもの)、(ロ)同二十六年十一月十六日同裁判所に於て窃盗、詐欺罪により懲役一年六月、(ハ)同二十八年二月二十七日岐阜簡易裁判所に於て窃盗罪により懲役一年に夫々処せられた前科もあり(検察事務官赤野清作成に係る被告人村井真美の前科調書記録九〇丁)而も現在一定の住居職業もなく諸々を徘徊して本件と類似の所為を常習的に累ねている不良の徒と認められるものである。

(二)、又被告人丹羽達男は昭和二十九年二月十七日名古屋高等裁判所に於て強盗罪により懲役三年五年間執行猶予の判決を受け乍らその猶予期間中に本件犯行を敢行したものである。

(三)、被告人両名右の如く前科を有し乍ら何等反省の色なく本件を敢行し而も本件強盗の犯行については全面的に暴行脅迫の事実を否認し、被害者が酒でも飲んでくれと云つて金を差出したのでそれを受取つたにすぎない等と非常識極まる強弁を敢てする等何等改悛の情なきものである。而も本件強盗の犯行はその態様極めて悪質のものと謂わねばならぬ、かかる被告人両名の行為に対し原審裁判所は重大な事実を誤認した上不当に軽い刑の言渡をしたものである。以上の点より原判決は不当であるから之を破棄の上相当な御裁判相成度控訴申立をした次第である。

弁護人塚本義明の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認もしくは法令の適用を誤つたものでその誤認が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決事実摘示の要領は、被告人丹羽が相被告人村井真美と共謀して、被害者梅村卓二より所持金を喝取しようと企て右梅村の「顔面等を殴打し且所携の剃刀を見せて「金を貸せ」と申向けよつて同人を畏怖させたが、その際同人の所持する手提鞄の中に現金約二万三千円在中の財布があるのを認めて矢庭に被告人両名において右鞄の中に手を突込み同鞄と共に在中の右現金約二万三千円その他数十点をかつぱらつてこれを窃取し逃走して喝取の目的を遂げ」なかつたものとし法律に照らせば之等は恐喝未遂罪と窃盗罪との併合罪であると認定している。

然しながら判示摘示事実の如くであるならば之は窃盗罪一罪を以つて処断すべきものと思料する。その理由は本件において恐喝未遂と云ひ窃盗と云ふも、被告人等の意思から見て同時に同じ所で同一被害者に対し持続的な一個の所持金奪取と云ふ目的に向けられた云はば単一な所為と云ふべく、しかも社会的事実関係として本件を一個の所為と見ても決して非常識ではなく、その上、これ等は同種犯罪と観念せられるものであるから包括一罪として処断さるべき場合であると考える。その場合「かつぱらつてこれを窃取し」た結果発生の事実に重点があり恐喝未遂と云はれる事実はその「かつぱらい」に至るまでの経過と見るべきものであるから、右「包括一罪」は窃盗罪の包括一罪として処断されるべきものである。果して然らばこれを二罪として併合加重したのは事実の認定を誤つたか或は犯罪の個数に関する法令の解釈適用を誤つたか、いづれかの誤があり、且つそれは加重刑で処断したのであるから判決に影響のあつた事は明らかである。

第二点、刑の量定が不当である。

(1)  被告人丹羽にとつて本件は全く偶発的なものであつた。先づ、本件犯行の場所附近において、被告人丹羽は「靴紐を途中で結んでいたのでずつと後から来ました」(第五回公判調書中相被告人村井真美の供述)「私は(被告人丹羽)途中で靴紐を結び直していましたので村井におくれた訳ですが靴紐を結び直していた場所からは二人連れの男女(被害者)を見ることは出来ませんでした」(第五回公判調書中被告人丹羽達男の供述)「最初村井が百合子に声を掛けた時には其処には丹羽は居なかつたのか、左様村井一人だけでした……丹羽が出て来たのは何時頃か、村井が百合子の肩をついて後に丹羽を見たのです」(第三回公判調書中証人梅村卓二の証言)等を綜合して見ると被告人丹羽は相被告人村井が云いがかりをつけているも知らず、その場へ行き合わせ、やむなくこれにかかり合つたと見られるのである。又その金銭かつぱらいの状況を見ても、これは相被告人村井が一人で演じたもので被告人丹羽には全く予期しない様な出来事であつた。このことは第一回公判における事実認否の時においても、又第五回公判における相被告人村井及被告人丹羽の本人尋問の結果に懲しても明かである。(第一回公判調書並第五回公判調書の各被告人供述参照)勿論この点につき証人梅村卓二は被告人等両名が取つた旨の供述をしている処もあるが、これは被告人等両名が居た現場の模様からして証人の思い違いと推認される。その訳は梅村が鞄を奪われた時の被告人等の位置は「私は(相被告人村井)自転車のスタンドの前に自転車を挾んで被害者の男と向会つており丹羽は被害者の左手にいました、自転車のハンドルは丹羽の方に向いていました」「自転車を挾んで私は東側丹羽や男は西側におり、そしてハンドルの方に丹羽、荷台の方に男がいました」(第五回公判調書中相被告人村井の供述参照)と云う状況より見て自転車の荷台の処で相被告人村井と被害者梅村が自転車を中にして相対しており自転車を中心とすると被告人丹羽は被害者梅村と同じ側に居て、しかもそれはハンドルの近くに居た事が明らかである。この様な状況下に荷台の処で梅村と相対していた相被告人の村井が梅村に金員を要求していて、突然に鞄を奪取したと見るべきで、この時若し梅村証人の云う如く被告人丹羽においても鞄を取ろうとしたものならば被告人等の中にあつた自転車は倒れそうなものであるが自転車は全然倒れもしていないのである。(第三回公判証人梅村卓二供述)これによつて見ても被告人等両名の供述が正しいと見るべくしからば被告人丹羽としてはたかだか五百円か千円の金を梅村からせしめようとしたものと考へられ本件「かつぱらい」の所為について法律的に責任ありとしても全く偶然的なものである。又結果的に見ても被告人丹羽は直ぐその場で梅村につかまつており、どこまでも「かつぱらい」且逃走しようと云う様な意思はその態度に見られないのである。

(2)  奪取した金は全部相被告人村井が持つて逃げ之を一人で消費しており被告人丹羽は一銭の金も使うどころか見もしていないのである。(第五回公判調書中相被告人村井供述参照)

(3)  本件は執行猶予中の犯行であり、その点は被告人丹羽に不利益な事情ではあるが、本件犯行の動機として一件記録上どこにも悪質な根深いものは認められない、ただ「諸所を徘徊し」ていたことから偶然にこの様な所為をするに立至つたと見るべきで、この様に家庭に落着かないことが唯一、最大の原因と見るべきである。そこで被告人丹羽の両親も之を憂へて同被告人のため妻を迎へ世帯を持たしたのである(第六回公判調書中被告人丹羽達男の供述参照)その結果落着いて真面目に百姓仕事にいそしんでおり、両親もただ一人息子として出来るだけの愛情を傾け指導しているので再びこの様な犯行を繰返すとは考へられない。果して然らば其の罪をにくむより将来性に重点が置かるべく、この点より見るならば本件につき懲役一年六月の刑を言渡した原判決は刑の量定重きに失すると思料します。

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